それはふるさとの味だった | 札幌のオーダー家具・オーダーキッチンなら家具工房【旅する木】

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それはふるさとの味だった

めっきり寒くなってきましたね。
毎朝の犬との散歩コースの途中にある、防風林の紅葉がとても綺麗。

こう寒くなると飲みたくなる飲み物があります。
甘酒です。
温かい甘酒は、体が暖まりますもんね。

今も、甘酒飲みながらブログを書いています。
この甘酒、長野の実家の父が作ったもの。
そうそう、これこれ、この味。
程よい甘さで、米麹の風味が濃厚で、と〜っても美味しいんです。

 

過保護の母は、僕が地方の大学に行って一人暮らしを始めると、しょっちゅう電話をしてきて、嵐のように質問をぶつけてきます。
「ちゃんとご飯食べてる?」
「友達、できた?」
「ちょっと風邪声じゃない?」
「お金はある?」
「無理しちゃダメだよ。」

母は、高校時代まで料理などしたことのない僕の食生活を心配して、いろいろ送ってくるのです。
段ボールの隙間を埋めるために、戸棚に入っているものの中でなにかいいものあったら、何でもかんでも詰めたんだろうな。っと思う、微妙な物ばかり。

自炊など滅多にしない僕は、送られてくるものにほとんど手をつけず、そのうち賞味期限が切れて、捨てちゃう。っという感じでしたね。

とにかく当時、友達や後輩がいるのに、しょっちゅう電話来たり、荷物が送られてくるのが恥ずかしくて。
過保護にされるのが嫌で家を飛び出したのに、ふるさとの匂いのする物ばかり入った段ボールに、なんか支配されているかのようで、反発してたのもあって。

そんな送られてきた段ボールの中で唯一嬉しかったのは、甘酒でした。
これだけは取り出して、鍋に入れて、水を足して、かき混ぜながら沸騰させる寸前で火を止めて、塩を一つまみ入れて、当時好きだった人からもらったマグカップに入れて、出窓に座って外を見ながら飲んだものです。

もの心ついた時から、我が家では甘酒は、父が作っていました。
米と米麹のバランスが、適当にやっているように見えて、父独特のいい塩梅があるんでしょうね。
それが真似できない絶妙さなんですね。
そして、大きくて深い陶器の器に入れて、当時使っていた豆炭こたつの端の方で、布団を被せて発酵させるのです。

小学校から帰ってくると、容器を取り出してかき混ぜるのが僕の仕事。
決まって薬指ですくって、ペロンっと舐めたものです。
1日、2日目はまだ甘さがなく美味しくないのですが、3日以降だんだんと甘くなってきて、最後は父が味見をしてこたつから出す。

 

今でもたまに母と電話していて、
「なにか欲しいものある?」
と聞かれると、僕は決まって、
「甘酒!」
と答えます。

そうすると、一週間くらいで段ボールが届きます。
中には袋詰めされた甘酒と、隙間を埋めるように、戸棚の中のものを詰め込んだ諸々たち。
やっぱりふるさとの匂いがする。

小分けされた甘酒の一つを鍋に入れて、水を足して、かき混ぜながら沸騰させる寸前で火を止めて、塩を一つまみ入れて…。
普通のコップに入れて飲むのです。

そして、苦笑いしながら、微妙な”ふるさとの匂い”を味わう。あの頃、見向きもせずに捨ててしまっていたものも、今ではどこか懐かしく、美味しく感じるんですね。

今頃になって、あの頃は申し訳なかったなぁ。なんて思う。

父が作った甘酒の甘さは、そんなほろ苦さを内包している。

それは、一番の ふるさとの味だった。

僕の心が君のふるさとになりたがっている

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