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才能と運命と…

「片手の5本はまだ分かるが、両手の10本は想像がつかない。」

神様は得てして、たぐいまれなる才能を与える代わりに、それに見合う壮絶な運命をも一緒に背負わせるものだと思うことがあります。

メジャーリーガーの大谷選手の活躍には、野球ファンでなくても、耳にしていることと思います。
「2桁勝利&2桁本塁打」は、あのベーブルース以来、103年ぶりの快挙に後一勝。
先日の試合では、7回1失点だったので、味方の援護があれば、並ぶ記録だったんですけどね。
ホームランに関しては、二桁どころか、今45本!ホームラン王争い真っ最中ですからね。二刀流でこの記録には、驚かされます。

もしベーブルースが生きていたら、大谷選手にどんな言葉をかけるのだろう。

そんなベーブルースが活躍した同じ時代に、大谷投手に、投手としては負けていない大投手が日本にいたんです。
そして、なんと、ベーブルースと対決して、抑えているという。
球速160キロは出ていただろう。と言われています。

そう、シーズン終了時、最高のピッチャーに送られる『沢村賞』に名を残した沢村栄治投手、その人です。
もちろん、その当時、測定する器械がないので、正確には解らないそうですが。

『沢村賞』

Wikipediaで調べると、戦前のプロ野球黎明期において、豪速球投手として名を馳せた沢村栄治の栄誉と功績を称えて制定。その年に活躍した先発完投型の投手から選考される。

とあります。
沢村栄治という名前は聞いたことがありますが、どんな人だったのか、どれほどの投手だったのか、全く知りません。

通算成績は6322敗。

え?!そんなもんなんだ。たいした事無いと思いますよね。
プロ野球では200勝投手が24名もいるんですから。
それは、沢村栄治という人の壮絶というか、野球人としては悲運の人生が絡んでいるんです。

沢村投手は17歳のとき、ベーブ・ルースのいる大リーグ選抜を相手に快投。0-1で敗れたが、ベーブルースも沢村投手を賞賛したという。

巨人に入団し、史上初のノーヒットノーランを達成。翌年の成績は24勝・防御率0.81

この数字、どれくらいすごいかというと、ヤンキースで活躍し、今、日本球界に戻ってきた田中将大投手が、メジャーに行く前、日本での最後の年、2013年楽天が優勝した時、もうこんな投手、現れないだろうと言われた時の成績が24勝・防御率1.27ですから。
あの神がかってたマーくんよりも防御率は低いんです。(防御率は低い方が良い)

しかし一回目の徴兵により左手を銃弾貫通で負傷。肝心の右肩も、手榴弾を投げさせられたことで傷めてしまいます。
帰国し巨人に復帰後、豪速球のオーバースローを捨て、肩の負担が少ないサイドスローに転向。抜群の制球力で、再びノーヒットノーランを達成します。

しかしその後2度の召集により、選手生命は断たれ、2度目の召集でフィリピンに向かう途中、台湾沖で戦死。享年27歳。
実際にプロ野球に籍を置いたのはたった5年。

皮肉な運命を感じさせる記事がWikipediaにでています。

++++ Wikipediaから抜粋 ++++++++++++++++++++

京都商業学校卒業後には慶應義塾大学への推薦入学がほぼ決まっていたが、正力松太郎(当時、読売新聞社長)が強引に口説いて同校を中退させて巨人入りさせた。
正力は「一生面倒をみる」とまで言ったという。
しかし、巨人は戦地から負傷して帰った沢村を解雇し、約束は守られなかった。
また、2度も召集を受けたのは学歴が中等学校(旧制)中退であったからという説をとれば、中等学校を中退しての巨人入りは沢村のその後の運命を左右してしまったと言える。
沢村は巨人から解雇を告げられた際、さすがに気落ちし、父親に「大投手などと煽てられていい気になっていた、わしがあほやったんや」と語ったが、自分を責めるだけで正力や巨人に対する恨みごとは言わず、入営時には笑顔を見せていたという。

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大谷選手、是非とも103年という時の壁を破って、ベーブルースの記録を破って欲しいです。
そして、そんなベーブルースを手玉にとった沢村栄治という大投手の人生に思いを馳せて、僕らは、戦争で人生を犠牲にすることのない世界を心から望まなければならないと思いました。

それにしても戦争のない今、そして設備やトレーナーの整っている現在だったら、いったいどれくらいの成績を残したんでしょう。

文頭の言葉
「片手の5本はまだ分かるが、両手の10本は想像がつかない。」

指を10本すべて脱臼したという。
尋常高等小、京都商業を通じて5年間、捕手として沢村栄治投手の球を受けた人である。
受ける左手はともかくも、ミットの裏に添えた右手まで無事で済まない。

どれほどの豪速球だったのか。

愛してる

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