神様のプレゼントは判りにくい! | 札幌のオーダー家具・オーダーキッチンなら家具工房【旅する木】

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神様のプレゼントは判りにくい!

トイレ掃除は運気を上げるっていいますよね。
会社が経営不振に陥った時、何をすればいいか?っという時、なにか特別なことはしなくていい。トイレ掃除をしなさい。とは、よく言われることです。だから…というわけではないのですが、くどけんと太河には、特にトイレ掃除は念入りにやるように伝えています。

それでもたまに気になるところがあって、彼らを呼んで見本を見せます。今朝、久しぶりに僕がトイレ掃除をしたのですが、見逃しがちなところが案の定汚れていて、洗い方の見本を見せました。

旅する木のトイレ掃除は素手でやるんですね。多分、若者は触りたくないと思う箇所や物も、素手で綺麗にします。素手で触っても嫌じゃないくらいにすることと、掃除が終わった後、念入りに手を洗うので、掃除をする前より、手が綺麗になっています。
彼らも手伝い始めたので、「今日は徹底的にトイレを綺麗にしよう。」っと、普段やらないところも綺麗にしました。

終わった時、「気持ちがいいだろ?特にトイレ掃除は、汚いことろがあったら、ラッキー!運気を上げるチャンス!と思って俺はやってる。見てな。二人とも、今日か明日、絶対にいいこと起こるから。」と言って、仕事を始めました。

作業をしていると、昼前にくどけんが僕のところにやって来て、「すみません。引き出しの部材、一つダメにしてしまいました。」っと。
ダメにした理由を聞いたら、些細な不注意による失敗でした。不注意のミスは大抵、土曜日とか、連休前にやるものなんですよね。本人は自覚していないかも知れませんが、休みの前日って、どこか、気持ちが緩むもので。ケガをしないように注意をして、やり直しを指示しました。

一年経って、彼にも自覚が出て来たのでしょう。失敗を取り戻そうと、昼休み返上で作業をしていました。でも、失敗を取り戻そうと焦ったり、急いだりすればするほど、自分では前に進めているつもりが、すぐ後ろでそ〜っと小悪魔が微笑みながら吸い寄せているものなんですね。知らず知らずの間に、吸い込まれているんです。

太河が定時で帰って、くどけんは作業場で一人残って、作業をしていました。8時過ぎになって、僕が作業場に顔を出すと、神妙そうな顔つきで、「失敗してしまいました。」っと。
せっかく昼休み返上で取り直した部材を加工して、今日の予定のところまで加工を進めようと残業して、夢中になり過ぎて失敗。もの作りではよくあること。

夢中になり過ぎることと、注意散漫なことは、同じことなんですね。結局のところ、周りが見えてない。集中しながら、集中している自分のやっていることを冷静に見ている自分、その両方が必要なんですね。

失敗を取り戻そうとして、夢中になって、また失敗する。修行時代、僕も何度も経験して来ました。くどけんに「二次災害はみんなやるんだわ。俺も散々やって来た。俺なんて・・・」と僕の失敗談を話しながら、なんとかゼロからのやり直しではなく、この部材の一部でも生かす方法を考えていました。

自分の情けなさ、悔しさ、昼も夜もご飯を食べていない空腹、怒られると思っていた僕の優しい言葉、などなどいろんな感情が込み上げて来たのでしょう。くどけんは号泣し始めました。
「失敗した時は、気持ちを切り替えることが大事なんだよ。なかなかできないけどな。今夜は覚悟を決めな。ちょうどカレーが余っているから、カレーを食べながらテレビでも見て、気持ち切り替わったと思ったら、ここを埋め直すところまでやるか。」っと指示しました。

くどけんの号泣する姿を見て、昔の自分を思い出しながら、このブログを書いています。

修行時代、ちょっと特殊な椅子を作っていた時、なかなかうまくいかなくて、イライラしていて失敗をして、取り戻そうと必死になってやっていた真夜中、また失敗してしまうんですね。深夜0時くらい。
愕然、呆然としながら、気持ちを切り替えようと、深夜にやっているラーメン屋に行ったんです。ラーメンが出来上がるまでも頭の中は後悔や、情けなさや、椅子のことでいっぱいで。気持ちはズーンと鉛のように重くて。
目の前にラーメンが置かれ、僕はコショウを手にします。キャップを持ち上げて、振りかければよいのに、僕はボーとしながら、クルクル蓋を外すんですね。そして、コショウをラーメンにかけるんです。
次の瞬間、ハッと我にかえった僕の目の前には、山のようにコショウが乗っかったラーメンが。深く深くため息をついて、とても食えたもんじゃないラーメンなんですが、なんなんでしょうね?やけになってなのか、情けない自分を懲らしめようとしてなのか解りませんが、「全部食ってやる!」と意地で、汗なのか涙なのか、もうグジャグジャになりながらスープまで飲み干しました。

でもこの出来事は、その後失敗をした時、特に夜、失敗をした時なんか、このコショウてんこ盛りのラーメンの味と、グシャグシャになってラーメンを食べている自分を思い出して、笑ってしまって、気持ちが楽になるんです。

そして失敗して落ち込んでる後輩や、スタッフには、僕の宝石のような武勇伝となり、伝説的な励まし文句となり、笑い話となるのです。
きっと、神様からの貴重なプレゼントだったんだな。っと思います。

神様のプレゼントって、大抵こんな風に判りづらいものなんですね。
そして神様は、この出来事に対して、数年もの時間をかけて、さらにビックなプレゼントを用意してくれているんです。
でも、この時の僕はまだ、そんなことを知る由もない。

ラーメンの出来事から3年。その間に僕は修行した旭川の会社を退職し、札幌のタマネギ倉庫を借りて独立したんですね。独立したものの、ほとんど仕事が無く、広くて寒いタマネギ倉庫でショボン…としている僕の元に、ワークデスクを検討しているという札幌の方からメールが届きます。
打ち合わせをしにマンションに伺うと、ダイニングテーブルと、椅子が置かれています。
!!!
何かが僕の背中から脳天に走りました。そして、椅子だけがカラーで、他の景色はモノクロになったような衝撃。
そう、あの時の椅子が目の前に置かれていました。

苦労してやっと完成した椅子は、梱包されて、トラックに積み込まれて、出荷されて行きました。どこの誰のもとに行くのか、当時の僕は知りません。修行していた会社は、トラックに積み込んで仕事が終わりだったので。こんなに苦労して作った家具が、どこの誰の元にいくのかが解らないもの作りに疑問を持った瞬間でした。
そして、今でも旅する木が下請けどころか、デパートやショップへの卸しもしないで、お客様に直接届けることにこだわっている理由です。

そんな旅する木の思想の根源となる家具と、こんなふうに再会したんです。しかも独立してから。

独立したものの、仕事もなく、気の向かない営業活動などをしていた僕に、神様が「お前の信じた道を進みなさい。」と道を指し示す出来事でした。
そして理系で目に見えない世界を信じていなかった僕が、「もしかして神様っているのかも?」と思った出来事でもあります。

もうすぐ10時だけど、まだ体育館ではくどけんが作業をしています。
きっとまだ、沈んだ気持ちをこらえながら、やってるんだろうな。

くどけん、今朝、言っただろ?「今日か明日、絶対にいいこと起こるから。」って。

自信喪失だったり、屈辱だったり、自己嫌悪でいっぱいかも知れないけど、君にとってこれは、神様からのプレゼントなんだよ。
神様のプレゼントは、ちょっと判りづらいんだよ。
いつか、君に後輩が出来て、その子が失敗して落ち込んでる時、教えてあげな。
さっき食べたカレーの味を。

 

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