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負けなかった者

人はどこかで”負け”を経験することで、大事にしていたものを捨て、新しい何かを手に入れるのだと思います。

春に続き、夏の甲子園も中止になってしまいましたね。高校野球ファンなので、とても残念です。高校球児たちのショックは相当なものだと思います。

夏の甲子園中止をニュースで知った時、甲子園で勝ち続けた清原を思い出しました。

以下、2019/8/27のブログより引用

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夏の甲子園が終わりましたね。100回の節目の大会だけあって、この夏は名勝負が多く、多くの感動をもらいました。

毎日の甲子園レジェンドたちの始球式は、よかったですね~。8/7のつむ通で、 ”神様の粋な計らい”と題して松井と石川星稜高校のことを書きましたが、準決勝でもありましたね。
ピッチャー桑田に対して、バッタボックスに立っていたのが金足農業。34年前の同じ日、同じ準決勝で、桑田、清原率いるPL学園は、金足農業と対戦しました。その時、清原を敬遠して桑田勝負をした金足農業でしたが、なんと、エースの桑田にホームランを打たれて逆転負けをしたんですね。

同じ日、同じ準決勝の始球式でこの組み合わせが実現するなんて、相当な奇跡ですね。あ~、神様、随分楽しんでるな~。なんてワクワクしました。

残念なのは、このレジェンド始球式に、清原の姿を見ることが出来なかったこと。覚せい剤で野球界から追放されてしまって、家族からも見捨てられ、今は重度の鬱病なんだそうです。

先日、面白そうな本に出会い、思わず買って繰り返し3回ほど読みました。
『清原和博への告白~甲子園13本塁打の真実』

甲子園13本塁打というのは、いまだ破られていない記録なんです。そしてこの本は、清原に甲子園でホームランを打たれた投手の、打たれた時の記憶と彼らのその後の人生を描いたもの。
清原に負けた投手たちの30年越しの告白は、そのまま清原へのエールになっているのです。

今回の甲子園でもそうですが、僕らは、誰が打った、打たれた、勝った、負けた…彼らのほんの一瞬、人生の一コマしか知らない。勝者の中で、プロ野球に行って、活躍した選手は、その後の人生を追うことが出来るけど、当たり前だけど、敗者にもその後の人生があるわけで、この本は、清原という男に負けた彼らのその後の人生において、30年たった今だから語れる、清原に打たれたホームランの持つ意味を告白したものです。

面白いと感じたのは、清原に打たれた敗者は、そのことを誇りに、新たな人生を歩んでいる。それに対し、清原と対決するはずだった投手が、なんらかの事情でPLとの試合に投げられず清原に打たれなかった者は、その後、清原の陰を追い求め、ずるずると野球から離れられず、未だ、未練と後悔の海を彷徨っている。

人はどこかで”負け”を経験することで、大事にしていたものを捨て、新しい何かを手に入れるのだろう。それは清原自身にも言えること。もしかしたら、清原はもっと早い段階で、”負け”を経験し、受け入れていたら、今とは違っていたのかも知れない。

彼ら敗者の心の中の、清原に打たれたホームランの持つ意味の大きさは、そのまま清原がホームランを打つごとに背負ったものだったんだろう。清原によって夢破れた者たちの夢、世間の評価と期待、それらを白球に乗せて放物線を描き続け、最後、バットを置いた時、はたしてそれらに何の意味があったのだろう。
どこかで負けて、背負っていたたものを捨て、自分の喜びのための野球が出来ていたら、清原は違った人生を歩めたのかも知れない。

たまたま昨日手に取った雑誌で、桑田も同じことを言っていて驚きました。
桑田の野球人生で、PL学園での一年生の夏の甲子園、あの時ほど楽しい野球は、結局その後の野球人生で一度も経験できなかった。っと。

この夏、一寸の隙もない完璧な強さで勝った大坂桐蔭。決勝戦を清原が観戦しに来たんだそう。
どんなことを思いながら、彼らの活躍する姿を見ていたんだろう。
いや、見ていたのは彼らではなく、昔の自分だったのかも知れない。
まだ”番長”とも、”だんじりファイター”とも呼ばれていない高校生の頃の清原は今の清原に何を語ったのだろう。

もしかして、初めて”負け”を経験し、16歳から背負い続けたものを捨て、野球界に戻って来た清原を、僕は見てみたい。

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今年、スポーツをやっている全ての高校3年生が、”負け”を経験できずに高校生活を終えることになります。彼らがきちんと踏ん切りをつけて、次の人生を歩んでくれたらいいな。と思います。

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