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僕たちは2人で1人
工房の周りの桜は、赤く色づいたつぼみが、咲くのを今か今かと、うずうずしている。
ついのこ前まで一面真っ白だった畑も、今は緑の絨毯のよう。
ここ、当別に来たばかりの頃、何かわからないけど、作物が育つのって早いなあ。なんて思っていたのだけれど、実はこれ、昨年の秋に撒いた小麦が、雪の下で辛抱強く成長したものだ。
地元の人は、”秋撒き小麦”って呼んでる。
それに対し、雪が溶けてから撒く小麦を”春撒き小麦”と呼ぶ。
なんだか早口言葉のよう。
毎朝、5時に犬たちに起こされて行く散歩の時、この一面の小麦畑の緑が、眠くてぼーっとしている僕の目と心を優しく包み込んでくれる。
まだ背丈は10センチくらいだけど、それでも春の風に揺れている。
「ノンノ、また春が来たね。元気でいてくれてありがとう。」
ノンノ(北海道犬・15歳)も時々足を止めて、鼻を上に向けて気持ちの良い風を感じている。
おばあちゃん犬なので、左目は見えないし、耳もとても遠くなって、最近では、足に神経痛があるのか、力が入らずにヨロッと倒れそうになる時がある。
それでも散歩は大好きで、のっそのっそと僕の後ろを着いてくる。
「ノンノ、もうすぐまた、神社の桜が咲くよ。あれから5回、ノンノと桜を見られるね。」
気持ち良さそうに風を感じているノンノを見ると、ふと思い出して、読みたくなる、昔書いたブログがある。
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2018年7月26日のブログ 『風は見えないけれど』 より
毎朝出勤前にノンノ(北海道犬)とマル(黒柴)の散歩に、自転車で防風林まで一周しています。
日中は蒸し暑いけど、朝晩は爽やかな風が吹くので、散歩は出勤前と出勤後。
この季節、南から吹く風は、もうすぐ収穫を迎える小麦の穂を、ドミノ倒しのように向こうからこっちに向かって揺らしてきます。
風はそのままだと見えないけど、その風景を見ていると、もうすぐ風がくる。ってわかる。
まだ1歳のマルは、体力が有り余っていて、一周2キロの散歩コースを、ベロを出しながらハァハァ言いながら僕を引っぱってひたすら走り続けるのですが、10歳のノンノはのんびりと気持ちのいい風を感じながら、僕に引っぱられています。
昨年、ノンノは大きな病気になり、余命1週間と言われ、横たわっていたのですが、それでも散歩が大好きで、僕が、
「ノンノ、散歩行こう。」
と綱を持つと、必死に立ち上がって、外に向かいます。
外で綱を離しても、歩く気力がなく、ずっとその場で立っていて、僕がちょっと離れた所から
「ノンノ、おいで!」
と言っても歩けない状態でした。
それでも一歩一歩、僕のところへやってこようとする。
3月の冷たい北風に、よろっとふらつくノンノが、とても悲しかった。
余命宣告されてから、毎晩ノンノの横のソファで僕は寝ていたのですが、ちょうど一週間が経った晩、ソファの上で寝ている僕の上に、ノンノが飛び乗ってきたんです。
ジャンプなんて出来るはずないのに。
病気になるまではずっと外で飼っていたので、嬉しかったんでしょうね。
急に涙が出て、ノンノを抱きしめて眠りました。
それからノンノは奇跡的に復活し、無事に手術する体力が戻り、病源の子宮を取り、元気になりました。
獣医に言わました。
子宮を取ると、なぜか太る。っと。
その通りで、規定の量より少ないご飯なのですが、それでも太ってしまいました。
病気になる前までは、マルに負けないくらいのスピードで、風を切って僕を引っぱっていたのだけれど、今は気持ちの良い南風に背中を押されながら、のっそのっそと歩くノンノを見て、元気になってよかった。こんな風にノンノと散歩出来てよかったよ。
なんてしみじみと思うのです。
そして同時に、あと何回、あの厳しい北風を、そしてこの優しい南風をノンノと一緒に感じられるんだろうっと。
また小麦畑が揺れている。
「ノンノ、ほら、風が来るよ。」
2018年7月26日のブログ 『風は見えないけれど』 より
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あの晩、ソファで寝ている僕に、生きる最後の力を振り絞って飛び乗ってきたノンノの重さを思い出すと、今でも涙が出る。
そして今、こうしてノンノが生きていることを、とてもありがたいと思う。
ノンノが子供の頃、そよ風に舞いながら落ちてくる桜の花びらに飛びかかっていたのを思い出す。
まるで全身で桜を喜んでいるかのよう。
今では片目は見えなくなって、耳も聞こえなくなってしまったけれど、匂いと風は感じている。
ノンノ、この春の風に乗った桜の匂いを、もう感じているんだろ?
もうすぐまた、桜が咲くよ。まだ蕾だけどね。
桜が咲いたらさあ、
ノンノの見えない目の代わりに、僕が見てあげる。
聞こえない耳の代わりに、風の音と、鳥のさえずりを聞いてあげる。
だから、花粉症で効かない僕の鼻の代わりに、ノンノが桜の匂いを嗅いで。
そして、
気持ちの良い風は、一緒に感じよう。