BLOGブログ
その目に写るものとは?

先日松井秀喜氏が巨人の監督に就任しましたね。いかにも口下手な記者会見も、かえって好感を持てました。
2013年に、松井選手について書いたブログを思い出したので、再投稿します。
松井秀喜という人を見事な文章で表現していますので、お読みください。

『・・・あなたはスケールが違う。
ドンと受け止めて、いつかやがて、まるでこの日の不運が最大の幸運であっ たかのように変えてしまうことだろう。
バッターボックスの中で、微動だにしなかった態度を称える。
ブーイングに便乗しなかった克己心を何よりも立派だ と賞める。
照れたり、くさったり、呆れたり、同情を求めるしぐさを欠片も見せなかったことを賛美する。
一振りも出来ないまま一塁ベースに立ち、瞑想していた男の顔を惚れ惚れと見る。
あなたの夏は、いま 無念の夏かもしれないが、流れの中で自分を見失わない、
堂々の人間を証明してみせた圧倒的に輝く夏だったのだ。』
作詞家の阿久悠さんが書いた詩です。
阿久悠さんは、ずっと高校野球を鑑賞し、印象に残った選手に送る詩を書いていたそうです。
1992年の夏、当時石川星稜高校3年の松井秀喜選手が、明徳義塾との試合で、5打席連続敬遠をされ、3対2で負けた試合の松井選手のことを書いた詩です。
先日、たまたま一人で外食することがあり、入ったレストランに置いてあった雑誌に、この時の記事が出ていて、熟読してしまいました。
上記の詩、その前にも文章があるんです。
『感情を小出しに爆発させ、その時その時の微調整を繰り返し、如何にも活力あり気に振る舞う人とは、あなたはスケールが違う。』
心にチクリとトゲが刺さったような、ちょっと恥ずかしいような、そんな気持ちになりました。
かっこつけたい。
見栄を張りたい。
褒められたい。
すごいと思われたい。
正しいと主張したい。
間違っていると指摘したい。
思い通りにさせたい。
…
自分の小さなこだわりというか、エゴとでもいうのでしょうか。
不器用そうな、ゴツゴツの顔。気持ちを押さえて、”今”を受け入れている18歳の高校球児のスコアボードを見る目には、僕のそんなものが、写っているんじゃないかと。
2013年10月4日 ブログより抜粋





